2017/06/26

天球儀(サンプル)

 マイナビ出版より配信中の学園ファンタジー、「天球儀」の「序章」、「第一話 そして僕は入部した」をサンプルとして掲載します。
 面白いなぁとか思った方、是非ご購入を!w





序 僕の夢

 小学生の頃、僕は将来の夢という題で作文を書いた。
 内容は殆ど忘れてしまったけど、これだけは覚えている。

 『天体観測をしたいです』

 小学生が「天体観測」なんて言葉は普通使わない。せいぜい「星を眺める」とか「月を見たい」「行きたい」程度だ。それを僕は、はっきりと「天体観測」と書き切った。
 夢だったからだ。
 だから僕がこの学校を選んだ理由はとてもシンプルだ。
 もう一目惚れみたいな物だ。
 県内で唯一『天文部』がある。学校紹介のパンフレットを見た瞬間から、僕の目は校舎の上に鎮座する天文台に釘付けだった。
 小学生の時に父親から買ってもらった天体望遠鏡。そのレンズで切り取られた僅かな空間。そこには星々があった。宇宙があった。
 
 とにかくドキドキしたのだ。





第一話 そして僕は入部した


「ほらー席に着けー」
 担任と思われる男の先生が声を張った。
 教室では新しい環境に戸惑いながら、自分の席を探すクラスメイトの姿があった。
 僕もその一人だ。
 入学式が終わりクラス分けされた。僕は一年五組だった。
「今日からこのクラスの担任になる高崎だ」
 高崎(たかさき)先生は、チョークで黒板に自分の名前を書いた。
 角張った字だった。
「じゃ、自己紹介な。出席番号順から順次、よろしく」
 高崎先生──角刈りでジャージだから、きっと体育教師だ──はそう言うと、教卓に座り込んだ。
 後は勝手にやってくれ。
 どこか投げやりな態度だった。
 大丈夫なのかなこの人は?
 そんな僕の不安なんて気にも留めず、クラスの皆は勝手に自己紹介を始めた。
「中学の時サッカー部でした。だからここでもサッカー部に入りたいです」
「趣味は手芸です。でも体を動かすのが好きです」
「料理は男のする事ではないと考えています。でもコロッケを揚げるのは得意です」
 等々。
 色んな人が色んな事を自分で紹介した。
 出席番号は氏名の五十音順だ。僕は苗字が『渡井(わたらい)』なので一番後だ。
 そして僕の順になった。
 席を立つとと四十名弱の視線が注がれた。
 僕は人前で喋るのはあまり得意ではない。しかも同年代とはいえ、見知らぬクラスメイト。ちょっと萎縮してしまう。が、これは通過儀礼のようなものだと気持ちを奮い立たせた。
「は、初めまして。僕は、渡井悠久(わたらい ゆうき)です。悠久のユウの字に久でユウキと読みます。趣味は天体観測です。なので天文部に入りたいと思っています。えーと、とにかくよろしくお願いします」
 短いけれどまぁ良いや。他に言う事もないし。
 僕はぺこりと頭を下げ着席した。
 ところが。
 クラスの全員が黙ったまま僕を見ていた。
 何だろう? 何かまずい事言ったかな?
 気まずい沈黙を破ったのは高崎先生だった。
「渡井、一個抜けてるぞー」
「は、はい?」
「出身校」
「しゅ、出身校ですか?」
「そうだ」
「え、えーと、出身校は隣町の第二中学校です」
「そこに天文部はあったのか?」
「はい? いえ、ありませんでした」
「じゃあお前はどこの部に所属していた?」
「陸上部です」
「ほほぅ。それでこの高校では陸上部には入らないのか?」
 持って回った言い回しだ。遠回しに陸上部への入部を誘っているんだろうか。
 でも僕は決めている。この学校を選んだ理由。今の僕はそれが全てだ。
「はい。その……天文部があるので」
「渡井」
 高崎先生は立ち上がった。
「俺はこの学校で陸上部の顧問をしている。俺はな渡井。お前を知っている」
「え?」
「お前、中体連の短距離走で準優勝して全国大会行っただろう?」
 その言葉にクラス中がどよめいた。
(全国大会だってよ)
(すげぇな)
(何で天文部なんだ?)
「この学校はな、それなりに運動部の活動に力を入れていてな。多分この後、運動部の先輩方のスカウトがどっさりやって来る」
「は?」
「それとここは中高一貫教育でな。中学からそのまま上がってきたヤツが多い。大半はそうだろう。このクラスに至ってはお前以外中等部から来た連中ばかりだ」
「はぁ」
「ここの中等部はな、陸上部に限らず運動系の部はあまり活躍しているとは言えない。高等部もそうだ。だからお前の実績は、運動部の連中からすれば大注目だ。それなのにお前は、よりによって天文部に入るとか言いやがる。あの『天文部』だぞ?」
 『あの天文部』?
 『あの』って何だろう?
「知っているヤツは知っているだろうが……いや、お前以外は全員知っているな」
 どうも回りくどい言い方をする先生だ。
「悪い事は言わん」
 高崎先生は僕に歩み寄り肩に手を置いた。
「あの部だけは止めておけ。あの『天文部』だけは」 
 その時だった。
 教室の扉が、バンっと勢いよく開いた。
 そこには白衣の女性が立っていた。
「高崎! お前、余計なこと言うな!」
「げ、先生……」
 突然現れ由利川先生と呼ばれたその白衣の女性。
 その印象は強烈だった。
 とにかく偉そう。
 同僚と思われる高崎先生を名前で呼び捨て、さらに言葉は命令形だ。
 そして何より奇麗な女性だった。
 長く黒い髪が印象的で、白い肌がさらにそれを引き立てている。
 年齢は、ぱっと見て二十代後半だろうか。自信はないけど。
 その由利川先生は、つかつかと高崎先生の前に歩み寄り、真っ正面に立って胸を張った。
 肩にかかっていた髪がさらりと背中に流れた。
「せっかく貴重な戦力が自ら入りたいと言っているのに、それをお前の都合でねじ曲げることはこの私が許さん」
 ──何その貴重な『戦力』って?
「い、いや、これは……」
「それに何だ。入学当日のオリエンテーションで担任の特権を利用して自分の部に勧誘するなど、それは職権乱用だ」
「いや、そういうわけではなくてですね……」
「なんだ、男のくせに言い訳するのか?」
「い、いや言い訳ではなく」
 高崎先生はしどろもどろに『言い訳』をした。どうやら由利川先生に頭が上がらないらしい。白衣を着ているので理科か何かの先生だろうか?
「君」
 由利川先生が僕を見た。
 鋭い視線が僕を射抜いた。その眼力だけで何かを壊しそうだ。
「この学校に来て天文部に入りたいなんて言うのは君くらいだ。歓迎する」
「由利川先生!」
 今度は高崎先生の番だった。
「由利川先生、あなただって俺を差し置いて勧誘しているじゃないですか!」
「それがどうした」
 由利川先生は怯まなかった。
「本人の希望と学校側の要望をすり合わせたまでだ。両者の利害は一致している」
「いや、そういう問題じゃなくてですね……」
「それにだな……」
 由利川先生は急に小声になった。高崎先生にだけ聞こえる声で何かを言っているようだ。内容は分からないが、高崎先生の狼狽し、怯えた表情を見ると何となく分かった気がした。
「さて君」
 由利川先生が僕に向き直った。話は終わったようだ。高崎先生は明後日の方を向いて何かをぶつぶつ呟いていた。
「はい」
「名前は?」
「渡井悠久です」
「──よし。ワタライ」
「はい」
「放課後、保健室に来るように」
「はい?」
 保健室?
 今、保健室って言わなかったか?
「聞こえなかったか?」
 由利川先生が僕を睨んでいる。
 一切の有無を言わせない視線だった。
「ほ、保健室ですか?」
 多分僕の声は裏返っている。由利川先生の視線を受け止めるだけで精一杯だ。
「そうだ」
「天文部の話じゃないんですか?」
「天文部の話だ」
 天文部への入部の件と保健室がどうしても繋がらない。
 そもそも。
 目の前にいる由利川先生と天文部の接点が見えない。
 困った。
 僕が困っていると、どうにか立ち直ったらしい高崎先生が口を挟んだ。肩で息をしていた。由利川先生の『呪いの言葉』が相当堪えたらしい。
「わ、渡井、よく聞け」
「はい?」
「ここにいる由利川先生は、天文部の顧問だ」
「は? こ、顧問?」
「そして由利川先生は、養護教諭──保健室の先生だ」
 ──保健室の先生が、天文部の顧問?
「やっと分かってくれたようだな」
 由利川先生は満足そうに微笑んだ。
 何に満足したのかは分からないが、あの突き刺さるような視線ではなくなった。
 でもひとつだけ疑問がある。
 それは由利川先生の登場タイミングだ。
 僕が「天文部に入りたい」と言い、高崎先生が陸上部への勧誘を始めた途端、由利川先生が現れた。まるで教室の前に張り付いて会話を聞いていたかのような絶妙さだった。
「細かい話は後だ」
 じゃあな。
 そう言って由利川先生はとっとと教室を出て行った。
 疑問を聞く間もなかった。
 そっと高崎先生を見ると、何やら同情めいた表情を浮かべている。
「……渡井。もうお前は戻る事は出来ない。貴重な高校生活を自ら放棄するとは……残念だ」
 がっくり肩を落とす。
 見回すとクラス全員が同じ表情をしていた。
 そんなに大変なのか? 天文部が?
「先生?」
「何だ、渡井?」
「僕はもしかして何か大変な事をしたんですか?」
「俺が言うより実際に見た方が早い。それに俺にはもうどうする事も出来ん……申し訳ないが……」
 そう言うと高崎先生は教卓に戻り、クラス全員にこう言った。
「我がクラスで一名の尊い犠牲が出た。だが気にする事はない。いいか。気にするな。俺が言えるのはここまでだ」
 どこか決然とした口調だった。
「──さて、自己紹介も終わったな。今日はここまでだ。明日からは新入生気分を抜いてしっかり勉学に励むように。それから渡井。いいか、決して……いやいい。その内分かる。何かあったら相談しなさい」
 何が分かるんだろうか?
「以上だ。ついでだからクラス委員も決めてしまおう。渡井、お前がやれ」
「は?」
「どうせそうなる。それなら早い方が良い」
 意味が不明だ。
 でも僕を除くクラスの全員が賛成の意、つまり僕をじっと見ていた。
 ──もうヤケだ。
「分かりましたよ。やりますよ、もう。起立!」
 礼。着席。
 かくして僕はクラス委員に抜擢された。
 でもそれだけで済むとは思えなかった。
 もっと大変な何かが目の前に現れる。そんな予感があった。
 そんなもやもやしたモノを肌で感じつつ、僕は久しぶりのため息をついた。
 ──受験の時以来だなぁ、この感覚。
 
 *

 ちなみに高崎先生は国語の教師だった。
 人は見かけによらないものだと、改めて実感した。

 *

 オリエンテーションが終わり、僕は保健室に向かった。
 入学当日に保健室に行くなんて思いもしなかった。
 少なくとも僕には保健室なんて無縁の物だった。
 小学校、中学校と、風邪をひいた事はない。
 怪我して保健室に駆け込んだ事もない。
 だから勝手な想像があった。
 綺麗な女性の先生が暖かく出迎えてくれる。本当に年齢相応の自分勝手な妄想だ。
「失礼します」
 僕は保健室の扉をノックし、一応断ってから入室した。
「おう、来たか」
 保健室には由利川先生と僕以外誰もいなかった。
 かすかに消毒薬の匂いがした。
 由利川先生は長い髪を後ろで束ねていた。まぁ保健室の先生なので、消毒薬やらガーゼやらを扱う上で邪魔になるからかも知れない。
 その上、なぜかメガネをかけていた。
 ──さっきはかけていなかったのに?
 由利川先生は僕の視線が気になったのか「ああ、これは伊達だ」と勝手に答えた。
 色々理由がありそうだが、深く聞いてはいけない。そんな気がした。
「まぁ座れ」
 由利川先生は、僕に脇にあった椅子を勧めてくれた。
 椅子に座り改めて部屋の中を見回す。
 どこにでもあるワークデスクと椅子。薬品が入っていると思われる棚。そしてカーテンで仕切られた向こう側にベッドが二つ。
 きっとどこにでもある保健室に違いなかった。
 そして由利川先生は綺麗な女性だった。だから半分は僕の想像通りだ。
 問題は残り半分。
「さて」
 由利川先生は椅子をくるっと回して僕に向き直った。
「何か飲むか? と言ってもコーヒーしかないがな」
「じゃあ……コーヒーで良いです」
「お前は素直で良いなぁ」
 由利川先生は妙な感想を述べ、マグカップにコーヒーメーカーのデキャンターからコーヒーを注いだ。コーヒーはあまり詳しくはないが、コーヒー独特のいい香りが部屋に漂った。
 後で知ったのだが、これがどれほど危険な行為だったのか、この時点では知る術はなかった。
「この書類にサインしてもらおうか」
 そう言って一枚のA4用紙を差し出された。
 何だこれ?
「入部届けと誓約書だ」
 ──誓約書?
「我が部の伝統でな。これにサインしてもらわないと天文部への入部は許可出来ない」
 僕はその入部届け兼誓約書に目を通した。
 そこには、氏名と生年月日、血液型、住所、そして緊急連絡先を書く欄があった。さらに下の方には条文らしきものが細かい字で書かれていた。

 曰く。
 ・部長、副部長、部員を呼ぶ時は名前で呼ぶ事。
 ・校内で部員と会ったら挨拶をする事。
 ・部で機密扱いとなっているものについては口外しない事。
 ・人命、人権に関わる重大な事はしてはいけない。
 ・他は何をしても良い。

 何だこれ?
 機密扱いとか人権って何だ?
「ペンを貸してやろう。それにサインすれば、お前は今日から天文部員だ」
 由利川先生はなぜか勝ち誇ったようにそう言い放った。
 ペンを握る僕の手が震える。もしかすると自衛本能なのかも知れない。得体の知れない『何か』と契約しようとしている、そんな感覚が襲って来た。
「せ、先生?」
「何だ?」
「この書類はどういう意味があるんですか?」
「意味も何も」
 由利川先生が身を乗り出す。
 綺麗な長髪からいい香りがした。
「そこに書いてある通りだ。それ以上の意味はない」
「この機密扱いって何ですか?」
「それは機密だ」
 言い切られた。
「それに人権って……」
「お前は日本国憲法を知らないのか?」
「はい?」
「日本国民は基本的人権の尊重と、最低限の文化的な生活を保証されている。それはそう言う事だ」
「はぁ」
「大丈夫だ。何も取って食いはしない」
 何か恐ろしい事を言われた気がした。
「さぁ、さっさとサインしてくれ。私はこれでも忙しいんだ」
 僕は急かされたようにその『入部届け兼誓約書』にサインした。
「よし。これで君は天文部員だ。入部を許可しよう」
 由利川先生は話はこれまでとばかりに、デスクの山積してある書類に取り掛かり始めた。
 まるで僕の事など目に入っていない様子だ。
 ——僕はこの後どうすれば良いんだ?
 まさか天文部の部室が保健室な訳はないので、部活動をするならそこに行かなければならない。
 でも目の前の顧問の先生は、僕に目もくれずせっせと書類を捌いている。
 僕は途方に暮れた。
「ん? 何だお前。まだいたのか?」
 先生それはあんまりでは……。
「サインはしたのだからもう帰って良いぞ? それとも、せっかくだから部に顔を出すか?」
 ──待ってました!
「はい! ぜひ!」
 僕は意気込んで、元気良くそう答えた。
「部室は保健室を出てすぐの階段を階段をひたすら昇ればいい。この校舎の一番上だからな、必ず見つかる」
 案内してはくれないんですね……。
「……はい、それでは失礼します……」
「おお。よろしくな」
 由利川先生は扉を開けて一礼する僕に背を向け、手だけ振ってよこした。
 大丈夫なんだろうか?
 不安だけが膨らんで行った。

 *

 部室への道のりは確かに迷う事はなかった。
 由利川先生の言う通りひたすら階段を昇ると、屋上に通じる小さな踊り場に出た。
 そこには校舎と屋上と天文台を隔てる扉が二つあった。
 一方ははめ込んである窓から屋上が見えた。
 だから残るもう一方が天文部の部室だと思う。
 でも扉には何も書いていなし、窓もなかった。
「天文部とか、せめて星を見る会とか、何か書いてあっても良いと思うけどなぁ」
 僕は独り言ちたが、それで扉が開くわけではない。とにかくさっさと入ってしまおう。
 この扉の向こうには天文台がある。
 僕の自前の望遠鏡なんて、それに比べればおもちゃのようなものだ。ここの反射式望遠鏡ならもっと遠くの星を見る事が出来る。もっと沢山の星を見る事が出来る。
 それが叶う。
 僕は躊躇いがちに扉をノックした。
 ところがいくら待っても反応がない。
 あれ? と思ってもう一度ノックした。
 やっぱり反応がない。
 やむなくドアノブをひねる。
 鍵は閉まっていた。
 ──屋上側から見てみるか。
 僕は屋上に通じる扉を開けようとした。
 そちらの扉も開かなかった。
 まぁ学校が屋上を常時開放している訳はないので、当然といえば当然だ。
 今日は休みかな? でも由利川先生には部室に行けと言われたしなぁ。
 僕は天文部と思われる扉を、ちょっと強めにノックした。
 ドンドン。ドンドン。
 いくら叩いても反応はなかった。
 ──仕方ない、戻って先生に聞いてみよう。
 僕は保健室に戻る事にし、階段をとぼとぼと降りた。
 その間誰ともすれ違わなかった。
 静かだ。
 校内のどこよりもここは静かだ。
 昇っていた時は気にしなかったのだが、屋上に通じるこの階段は幅も狭く、壁には何も貼られていない。
 ただ冷たい床と冷たい壁があるだけだ。
 照明が暗いせいか、まだ日中なのに全体が薄暗い。
 一言で言えば不気味だった。
 僕は何かに背中を押されるように足早に階段を降りて行った。
 足を止めたら何かに取って食われそうだった。
 だから階段を降り切って、保健室の前で由利川先生と会った時は本当に安心した。
 ──良かった。ここは学校だったんだ。
 なぜそう思ったのは分からない。
 違う。何か違う。そんな感覚があった。この階段は学校ではない。僕は階段を振り返る事すら出来なかった。
「どうした、渡井?」
 由利川先生が怪訝そうな顔をした。
「部室に行ってみたのか?」
「は、はい。いえ……」
「何だ? どうかしたのか?」
 由利川先生の顔が曇る。
 メガネの奥にある目がすっと窄まった。
「いえ、階段が……」
「階段? ああそうか。入部の手続きがまだだったな……」
 由利川先生は、しまった、という顔をした。
「?」
「鍵が閉まっていたんだな?」
「は? ええ、そうです」
「お前、良く昇れたな」
「はい?」
「……まぁ良い。それなら今日は部活は休みだな。連中も何かと忙しいだろうからな。今日は帰っていいぞ」
 ──は?
 一気に日常に引き戻された。
 部室に行けと仰ったのは先生なのでは?
 由利川先生はそんな僕の視線を無視して、とっとと廊下の向こうに消えて行った。
 ──何なんだ一体?
 僕はがっくりと肩を落とし、そのまま帰路に就いた。

 *

 その日。
 家に着いても何か落ち着かなかった。
 夜になりベッドに潜り込んでも中々寝付けなかった。
 ──入学初日から何でこんなに不安があるんだろう?
 とにかく明日だ。
 僕は頑張って眠りに落ちた。 
 その晩──。
 とても嫌な夢を見た気がした。




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