いるかネットブックス様より配信されている電子書籍です。
『闇の祓い師シリーズ』として、次回作の構想を練っている段階です。
(早く出したいw)
序
重厚なマホガニー製の机の上はその部屋で圧倒的な存在感を持ち、その上には年代も種類も様々な骨董品が雑多に積まれ、静かに主が戻るのを待っていた。
唯一の例外を除いて。
それは豪奢が装飾がなされ、一目で数百年の刻を過ごした事が見て取れる。
それは思う。
我はなぜここに在るのか。
我は数多の人を愉しませ、ここに在る。
だが我が在るべきはここではない。
人が使ってこそ、人を魅了してこその我なのだ。
我はここに居るべきではない。
——誰か、我をここから出すのだ。出さねば災いを呼ぼうぞ。
その意思は邪気そのものだった。
第一話 祐一と結
1
「何してんだ、そんなところで」
宗像祐一(むなかた ゆういち)は学校の帰り道、電柱にもたれかかって空を見上げている女の子に声をかけた。
セミロングのちょっと色を落とした柔らかそうな髪の毛が背中に流れ、小顔で整った顔立ちな分、どこか物憂げな横顔が印象的だった。
その女の子は祐一を見るなりつかつかと歩み寄り、祐一を見上げ、なぜか挑むような表情でこう言った。
「帰ってくるの待ってた」
「は? 誰を?」
女の子は、ビシッと祐一を指差した。
「俺?」
女の子はこくりと頷き、胸を張った。
「明日、お休みだよな?」
この黙っていれば可愛い系の言葉遣いが乱暴な女の子は、祐一の幼馴染みで、名を桜木結(さくらぎ ゆい)と言う。
祐一は高校三年で結は高一。二人は同じ一条学園に通う高校生だ。
「明日は確かに休みだけど、それはお前もだろう? それよりその言葉遣い何とかしろよ。せっかく素材がいいのに勿体ない」
「は? そ、素材……?」
結は覿面に赤くなった。
「そ、そんな恥ずかしい事天下の往来で言うなっ!」
「恥ずかしい? そう思ってるなら言葉遣い直せよ」
「こ、これは癖だ!」
「何だよ癖って。まぁいいや。で何の用だ?」
明日は祝日。学校はお休みだ。ついでに言えば、二人は帰宅部だった。
「分からないのか?」
結はまだ祐一を睨んでいる。だが祐一にはその理由がさっぱり分からない。
「何かあったのか?」
その一言で、結の目が一段とキツくなった。
「もういい!」
つん。
結は回れ右して、祐一を置き去りにして歩き出した。
祐一は何が何だか分からないまま結に追い縋った。
「なぁ結。何かあったんなら言ってくれないと分からないぞ?」
「もういいって言ってるだろ!」
取り付く島もなかった。
──なんだろ? 明日? 明日は祝日……。
祐一はそこで思い出した。
──しまった……。
「な、なぁ結?」
返事はない。
ただ、結の背中は怒りのオーラに満ちていた。
──こりゃ完全に機嫌を損ねたな……。
祐一はため息ひとつ。
明日は祝日だが、結の誕生日でもあった。
その事をすっかり忘れていた祐一にも非はあるが、結との関係は、プレゼントを贈り合うようなものではない。幼馴染み。学校の先輩と後輩。ただ家が近所で、子供の頃からよく一緒に遊んでいた。今でも買い物の荷物持ちとして付き合わされる。謂わば兄妹のような、そんな関係だ。
しかしだ。
結は明らかに『誕生日』の件について機嫌を損ねているし、何よりも学校の帰りで『待ち伏せ』していたのが気にかかる。
──こりゃ『誕生日プレゼント欲しい』って感じだな。
祐一は歩を早め、結に並んだ。結は祐一から顔を背けた。
「誕生日、だよな」
一瞬結の肩がびくっと震えたが、顔は祐一から背けたままだ。
「明日は休みだし。久し振りにどこか行くか?」
普段から良く結の買い物に付き合わされている祐一は、軽い気持ちで結に声をかけた。
「……行く」
短く、強い意志の籠もった返事。
結は立ち止まり、祐一に向き直った。
「誘ったのは祐一だからな。だから明日のお昼とかも祐一の奢り。いいよな? それとプレゼン……いや何でもない」
「プレゼント?」
「それはいいって!」
「欲しいのか?」
「だから要らないってば!」
──相変わらずの天邪鬼だなぁ。
結は何か欲しいものがあると、その欲しいと思う心を押し殺して「要らない」と言い張る。しかも強情に。母子家庭という環境がその要因なのかも知れないが、忙しい結のお母さんに替わりあちこち付き合わされてきた祐一には、結が言う「要らない」は、イコール「欲しい」事だという図式が出来上がっていた。
「うーん。小遣い前だからなー。あまり高いトコには行けないぞ?」
祐一は右手を首筋に当て、困ったような表情を浮かべた。とは言え、内心そんなに悪い気はしない。年頃の女の子を連れて歩くのだ。自分はともかく、結のクラスメイトに誤解されなければいいけどな、程度の困り方だった。
「まぁ、じゃ明日な」
「うん!」
結は先ほどまで斜めになっていた機嫌を、どこかに吹き飛ばすような笑みを浮かべた。
2
「と言ったものの……」
結を家に送り届けた祐一は、自宅の玄関口で財布の中身を見て絶望していた。
「こりゃ小遣いの前借りでもしないと結の機嫌が傾くな」
となると取るべき手段はひとつしかない。
母──沙樹(さき)との小遣いの前借り交渉だ。
「気が乗らない……」
そうボヤきつつ、玄関のドアノブに手をかけた。
「ただいまー」
と、ドアを開けようとしたが鍵がかかっていた。
どうやら家族はお出かけしているようだ。
──何ですとーっ! それは困る!
祐一は玄関脇に隠してある鍵を使い、家に飛び込んだ。
そしてキッチンで書き置きを見つけた。
『今日は町内の役員会があるから遅くなる。夕ご飯は適当に作って食べるように。母』
「何だとーっ!」
祐一は誰もいないキッチンで吠えた。
──これじゃ資金繰りが!
祐一は焦った。
遅くなるという事は、きっと『役員会』と称した飲み会に違いない。
それでは交渉しようにも相手が悪い。酔った母親ほど交渉に困る人物はこの世にいない。
──何か別の案を立てないと。
祐一は必死に考えた。
今必要なのはお金だ。
お金がなければ結の『ご機嫌』を維持出来ない。
明日顔を合わせて、今自分が資金難である事を結に告げて、それで納得してもらえるだろうか。
──無理だ。
今までの経験則がそれを物語っていた。
その時だった。
何かが祐一の思考に入り込んできた。
いや、妙案を思いついたとでもいうべきかも知れない。
「……そういや親父の部屋、骨董品だらけだよなぁ」
父親である裕次郎(ゆうじろう)は古物の鑑定を生業(なりわい)としている。店舗は構えていないが、顧客が望めば裕次郎の部屋は即座にショールームに変貌する。どうやってあの雑多に積まれている骨董品を片付けるのかは不明だが、オンとオフで部屋の様相がまるっきり入れ替わる。
そんな事もあって、あまり裕次郎の部屋にはあまり出入りしないのだが今日は特別だ。と自分に言い聞かせた。
そして願った。
結への『誕生日プレゼント』になるような品が転がっている事を。
祐一はそろそろと階段を上り、裕次郎の部屋の前で立ち止まった。
都内の一軒家に似つかわしくない重厚な扉は、来訪者に向け入ろうという気さえ起こさせない。何かに気圧される、そんな雰囲気を放っていた。
──いいか、俺。これは緊急事態なんだ。ここで何かを見つけないと明日色々困るんだ。
祐一は意を決し、ドアノブに手をかけた。
途端。
「おわっ!」
ビリッと何かが祐一の体を突き抜けた。
「せ、静電気か?」
祐一はおっかなびっくり、そろそろとドアを押した。
ギギギ、とその重厚さを後押しするような音を立て、扉が開いた。
滅多に入る事のない部屋だが、祐一はいつも思う。この部屋だけ空気が違う、そんな違和感を感じる。どこか静謐で神聖で、まるでそこにいてはいけないと何かに拒絶されるような感覚。
そんな雰囲気が部屋を満たしていた。
しかし祐一はそれどころではない。いつ帰ってくるか分からない裕次郎に見つからないうちに、結へのプレゼントを物色しなくてはならないからだ。
「お、お邪魔しまーす……」
つい声に出さずにはいられない。
空気が重い。
何者をも拒む重々しい雰囲気。
部屋にあるいくつもの棚には、大小、古今東西、様々な骨董品が雑多に積んである。
床にも。そして机にも。
「良くもまぁ、俺に部屋を片付けろとかいうもんだな」
自分の部屋の惨状を棚上げして、裕次郎を非難する祐一だった。
──ん?
何気なく部屋を見回した祐一の目に、あるものが飛び込んできた。そしてそれは祐一の視線を絡め取り、他の品に視線を移す事を許さない。祐一はそんな強烈な印象に襲われた。
「何だこれ?」
一歩、また一歩と机に近付く。
そして『それ』を手に持った。
それはカレイドスコープ。
全体に金細工が施してあり、宝石らしき装飾が目を引く。もちろん祐一にはそれが本物なのかどうかは分からない。
ただ金細工や本体のくすみ具合から見るに、相当旧(ふる)いモノなようだ。
「万華鏡かぁ……」
祐一はのぞき穴を目に当て、胴体部分をくるくると回した。
回す度に幾何学な模様が複雑な変化をし、不可思議な色彩を象る。
照明の角度によっても模様が変化する。
祐一は決断した。
──これだ!
祐一はカレイドスコープとその下にあった布袋を引っ掴み、そそくさと部屋を後にした。
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