2017/06/30

魔女の家(試し読みVer)


電子書籍で配信されている「魔女の家」の冒頭のサンプルです。





「だからあんたは鈍くさいんや!」
 いきなり女性の怒鳴り声が聞こえてきた。
 周囲よりちょっとだけ盛り上がった丘の上、そこには鬱蒼と木々が生い茂っていた。その隙間から覗く、見るからに旧い建物。屋根はちょっと歪んだ三角錐。よく見ると壁も微妙に傾いている。にも拘わらず、アルミサッシや玄関ポーチはきっちり水平に取り付けられている。なんとも違和感の多い洋館だった。
 どうやら先ほどの怒鳴り声はそこから聞こえてくるようだ。
「何よ! ちょっと間違っただけじゃない!」
 窓を開け放しているのか、少なくとも二名の女性が口論を繰り広げている様子が声が丸聞こえだ。
 だが周囲の木々は、そんなことはお構いなしに風に葉を揺らしていた。
「ちょっと待って。試しに──」
 訂正。三名、いや──。
「まぁまぁ。悠里(ゆうり)も悪気があったわけじゃないし。楓(かえで)もそんなに目くじら立てなくてもいいだろう?」
 そこで何があったのかは不明だが、悠里という女性が何かをしでかし楓という女性がそれに対して怒っている。それを他の二名が宥めている。そんな状況らしい。
「じゃ沙樹(さき)が食べてみい? 悠里が何をしたか分かるで?」
「いや、私は遠慮する」
「なんでや!」
「普通、砂糖と塩間違えるか?」
 折しも今はお昼時。
 どうやら悠里が昼食を作り、その際調味料を間違えた。それが事の真相らしい。
「ほら見てみい」
 勝ち誇ったような声が洋館から漏れ聞こえた。
「あれ? 案外美味しいよ? これ」
「アリス! あんたは味覚音痴か! これのどこに美味しい要素が入ってる言うんや!」
 その四者四様な会話劇は、突然割り込んできた男性の一声で終焉を迎える。
「あー君たち。悠里君が砂糖と塩を間違えたくらいで大騒ぎしないように。家の外まで響く。近所迷惑だろう?」
「五代(ごだい)さん、一番近い隣の家までまで一〇〇メートルはあるで?」
 五代と呼ばれた男は、楓のツッコミを平然と無視した。
「それより『仕事』が来てる」
「それホンマですか? 五代さん?」
「僕が君らに嘘をついてどうするんだ?」
「そらそやな」
 楓の声のトーンが柔らかくなった。どうやら溜飲を下げたらしい。
「じゃ今度は『仕事』の話で盛り上がりましょうかね」
「何で敬語? しかもなぜに標準語?」
 今度は悠里がツッコむ番だった。
「やかましいわ! ウチかて場の空気くらい読むんや!」
 かくして。
 旧い怪しげな洋館は、今日も騒がしい午後が始まろうとしていた。



第一話 魔女たち


「それで『仕事』言うんは……」
 関西弁を駆使する二八歳、つまりアラサー世代の女性、三谷楓(みたに かえで)は、後ろに束ねた黒髪をふりふり、物欲しそうな目で五代を見つめた。
 頭一個分くらい身長差があるので、どうしても上目遣いになる。何かおねだりをしている。そんな風に見えなくもない。
 だが五代は態度を崩さず、極めて事務的に『仕事』の内容を端的に言い放った。
「今回の『仕事』はストーカー調査です」
 五代は一階一二畳のリビングに勢揃いした女性四人に向け、『仕事』の説明を始めた。
 彼女らは、それぞれ思い思いの場所に座ったり壁にもたれかかったり。誰一人としてリビングに置いてあるソファに座っていない。この四人が結束して何かを解決する、そんな姿勢にはとても見えなかった。
「ストーカーとはまた、地味な仕事だな」
 リビングの入り口の壁にもたれかかり、吊り目気味な目を閉じてため息を吐くのは、彼女たちの中で最年長二九歳の一条沙樹(いちじょう さき)だ。
 彼女は五代が不在の時のリーダー的な立場だ。と言うか自分でその場を仕切るので、自然とそんな立ち位置になっていた。
「そんなのは警察に任せればいいのでは?」
「沙樹君の言うことはもっともだ」
 五代は沙樹の反論を気にするでもなく『説明』を続けた。
「この案件が警察ではなく、『魔女協同組合』管轄にされたのは理由があるんだ」
「はいっ! 質問っ!」
 二階堂悠里(にかいどう ゆうり)、(二七)がやや茶色がかったさらさらヘアを揺らし、ダイニングテーブルから元気よく挙手した。
「まだ説明が途中なんだが……」
 五代が口の中でごもごもと呟くが、悠里は気にも留めなかった。
「ストーカー調査ってことは、依頼人は女性ですよね? 年齢とか細かな情報はあるんですか?」
「それはだな」
 五代は言葉に詰まった。実は詳細がまだ『魔女協同組合』から届いていないのだ。
 特に今回のような民間人相手の案件の場合、『魔女』が介入する上で慎重な審査がなされる。ストーカーという事件性の高い案件であるが故、取り急ぎ『仕事』として処理するよう命が下ったが、その対象や取り巻く環境等の詳細は組合で審査中だ。
「ええとだな。それは追々情報が届くことになっている」
「えぇ? 誰が被害者なのかまだ分からないんですかぁ?」
「被害者、というかまだ被害は出ていないからその言葉は適切じゃないな」
「でもストーカー調査って……」
 悠里はぷうーっと頬を膨らませた。
「とにかく話を進めていいかな?」
「ちょっと待って下さい」
 リビングの隅にある小さな机で水晶玉と睨めっこしていた金髪碧眼の女性、四堂(しどう)アリスが五代の説明に割って入った。
「……今水晶玉見ていたら、女性が誰かに追われてる、そんな映像が映りました。今、壁に映しますね」
 低いうなり声のような音がし、リビングの壁に何やら不安げに後ろを振り向きながら家路に就く女性の姿が大写しになった。整った顔立ちの女性が恐怖に怯え後ろに束ねた髪を振り乱している。アリスの満足げな表情から映像に多少手を加えたようだ。
 その映像を観るに、それは深夜の出来事らしい。
「今回のお仕事の対象はこの方ですか?」
「……ああ、そうだ」
 すっかり出鼻をくじかれた五代だった。


「一つだけ分かっている事がある」
 五代は何とか主導権を取り戻そうと、咳払いを一つ。
「さっき『ストーカー被害』じゃなく『ストーカー調査』と言ったのには理由があるんだ」
 壁面に映っている女性は一時停止され、その表情から恐怖の色が見て取れた。
「この女性を恐怖に貶めている『ストーカー』だが、正体が不明なんだ」
「不明?」
 悠里が首を傾げた。
 ストーカーと言っておきながら、そのストーカー自体が正体不明とはどういう事か?
「それが警察で対応出来ない理由というヤツか?」
 沙樹が五代の返答を先回りした。
「この女性の身辺調査をすれば何人かピックアップ出来るだろうが、そもそも正体不明とか言われてしまえば、警察ではお手上げだろう」
 五代はしたり顔で頷いた。
「まぁ沙樹君の答えでほぼ正解だ。実際、その辺の情報はまだ警察でも掴んでいない。組合もそうだ。今頃『占い師』が総出で情報収集にあたっているだろう。そこでだアリス君。君ならある程度『視える』だろう?」
 五代はアリスに向き直った。
「どうだい? 何か『視える』かい?」
 五代は期待の籠もった眼差しでアリスを見た。
「いいえ」
 アリスはきっぱりと言い切った。
「ぜ、全然『視えない』?」
「はい」
 即答だった。
「……君は『占いスキル』を持ってるからちょっとは期待していたんだが……」
 どうも五代という男はあまり綿密な計画を立てるような性格ではないらしい。一八〇センチ近い体格のせいか、頭まで血が上っていないのかも知れない。
「五代さん、あんた大ざっぱにも程があるわ」
 楓が呆れたと言わんばかりの態度で五代を睨めつけた。
「と、とにかくだ」
 五代は咳払い一つで、場の雰囲気を変えた。
「調査対象となる女性はこの方だ。名前は金堂幸(こんどう ゆき)。そこで早速だが仕事にとりかかってもらおうと思う」
「情報も何もなしでか?」
 沙樹はズバズバと五代に突っ込んだ。
「大体ストーカー被害の調査なんて言ったら、本人の行動にこちらも合わせなければならない。私達はそんなに暇じゃない」
「何も君らが張り付く必要はないさ」
 そういう五代の目は悠里を向いていた。
「へ? 私?」
 全員の目が悠里に向けられた。
「ああ、そうだな。悠里なら」
「せやな。使い魔を張り付かせるんやな」
「そう言う事だ」
「ちょっ、ちょっと勝手に決めないでよ!」
 悠里は勝手に進む物事にタンマをかけた。
「そんないきなり振られたって困るし! 私だって予定があるし!」
 そんな悠里に、五代は冷静に言い放った。
「沙樹君は組合経由で来た警察関連の案件を二件抱えている。楓君はテーマパークのバイトがある。アリス君は的中率はともかく占い師の仕事がある。さぁ。残るのは一体誰かな?」
「ぅぐ……」
 実際、悠里は暇をもてあましていた。魔女ではあるのだが、使い魔を使役する以外ろくな術が使えない彼女は、沙樹のように空間転移で犯人を追ったり隠密調査したりは出来ない。
 楓のように、テーマパークで攻撃魔法を『手品』と称して、派手にドンパチやって観客を愉しませる事も出来ない。
 そしてアリスのように、的中率その他諸々が一〇〇パーセントではなく結果にムラがあるとはいえ、占いが出来るわけでもない。
 せいぜい公園で野良猫に餌付けしたり、カラスに生ゴミを狙わないよう説得するくらいだ。
「と言うわけだ」
「まだ何も言ってません!」
 悠里は精一杯の抗議をした。
「だが他に適任がいない」
「いやその、だからって……」
「君なら使い魔をちょちょいと金堂さんに張り付かせて、それを監視していればいい」
「や、だから……」
 悠里は粘った。
 だが五代は揺るがなかった。
「それともう一つ。今現在この家にいて何も『仕事』をしていないのは君だけだ」
「うぅ……」
 五代プラス四人の魔女の視線が注がれる。
 退路はなかった。


「あー……。気が重い……」
 悠里は、数少ない情報源である金堂幸の住所を教えてもらい、彼女に会うべく電車に揺られていた。
 悠里達が住む『家』は僻地だ。
 街の中心部に出向くには、バス、電車、そして徒歩を駆使しなければならない。
「面倒くさいぃ……」
 悠里は魔女だ。魔女であるからには魔女協同組合の仕事を請け、責任を持ってそれを遂行する義務がある。その見返りとして幾ばくかの報酬と『家』に住む権利を与えられる。独立して街の中心に住んでいる魔女もいるが、今『家』にいる悠里を含んだ四名の魔女はそこまでの稼ぎはない。つまり管理人かつ世帯主である五代の家に居候している身なのだ。
 しかも基本的に人間嫌いである悠里は、可能な限り家から出ない。つまり仕事をしたがらない。
 これではいつまで経っても理想とする生活には辿り着かない。
「あーあ。一人でノンビリと猫と戯れたい……」
 もちろんそんなことが許される程世の中は甘くはない。
 特に魔女には。
「魔女って言ってもなぁ……」
 悠里は、バッグから古くさい、クレジットカードサイズの羊皮紙を取り出した。
 魔女協同組合認定証。そこには『魔女二級』と書かれていた。
 それは悠里が魔女である事を証明する唯一のモノだ。
 だがそれを世間様に提示した所で、何かもらえるとか、何かの証明になるとか、そんな事はない。
 何それ?
 そんな事を言われるのがオチだ。下手すれば職務質問の憂き目に晒される。
「何で私、魔女なんかやってるんだろう?」
 向いてないのかなぁ。
 常日頃からそんな思いを抱いている悠里は、他の三人の魔女が羨ましい。
 悠里の力は弱い。せいぜい使い魔を使役する程度だ。楓のように攻撃魔法をバンバン使うような真似は出来ない。
 加えて言うなら、大学時代の同期が次々と結婚していっている現実に危機感を感じていた。主に財布に。そして自分の境遇に。
「こんな事してたら、素敵な出会いなんかあるわけないし」
 『家』に帰れば三人の魔女と家主の五代。
 五代は魔女協同組合の組合員で、年齢その他の経歴は不明とされている。
 外見はそれなりで、年齢もまだ三〇かそこらに見える。だが実際は違うらしい。
 そもそも結婚しているのかしていないのか。常に『家』にいるわけではないので、どこかで結婚していてもおかしくはない。
 それ以前に五代は悠里のタイプではない。あくまで仕事上の関係で、いわば上司だ。そこに恋心が入り込む余地は微塵もない。
 ため息を吐き出し、まだ見ぬ白馬の王子に思いを馳せる悠里だった。





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